当記事では、田山幸憲さんの経歴・『パチプロ日記』・漫画版と映像作品・著書・後進への影響を紹介します。田山さんは東京大学を中退してパチプロになり、『パチンコ必勝ガイド』で10年以上にわたって「パチプロ日記」を書き続けた人物です。2001年に亡くなった後も、作品は電子書籍で読み継がれています。
田山幸憲とはどんな人?
| 活動名 | 田山幸憲(たやまゆきのり) |
|---|---|
| 活動 | パチプロ・パチンコライター |
| 出身地 | 東京都 |
| 生年月日 | 1946年10月3日 |
| 学歴 | 都立小石川高校卒業、東京大学中退 |
| 主な連載 | 『パチンコ必勝ガイド』「田山幸憲のパチプロ日記」(1989年〜) |
| 代表作 | 『パチプロ日記』全10巻、『パチプロけもの道』 |
表は、著書の書誌情報と、田山さんの生涯を紹介した記事・事典の記述に基づきます。
田山幸憲の生年月日は?(1946年10月3日生まれ)
田山幸憲さんは1946年10月3日に東京都で生まれたと紹介されています。2001年7月4日に54歳で亡くなりました。
学歴は?(東京大学を中退)
田山幸憲さんは東京大学を中退しています。1965年に都立小石川高校を卒業し、1966年に東京大学文科三類に合格したと紹介されています。高校の頃は、小説『白鯨』を読んで船乗りを志したものの、視力の基準に届かずあきらめたようです。大学では留年を重ね、1970年に自ら退学したと伝えられています。
田山幸憲のパチプロとしての経歴は?
田山幸憲さんは1973年、26歳の頃からパチプロとして暮らし始めたと紹介されています。1976年には夕刊紙で呑み屋のルポを連載し、これがライターとしての出発点になったようです。その後はパチンコのコラムも受け持つようになりました。
1977年には半年ほど営業職の会社員として働きましたが、退職してパチプロに戻っています。1986年には三恵書房から最初の著書『パチプロ告白記』を出しました。1989年からは『パチンコ必勝ガイド』で「パチプロ日記」の連載が始まり、これが田山さんのライフワークになりました。
パチンコを始めたきっかけは?(大学在学中)
田山幸憲さんがパチンコを始めたのは東京大学に在学していた頃です。初めて打ったのは東大1年の1966年秋で、チューリップ台が全盛の頃だったと紹介されています。旧友と再会したことがきっかけでパチンコ店に通うようになり、のめり込んでいったようです。左利きのためハンドルの力加減に最初は戸惑ったものの、すぐに慣れたと書き残しています。
参考:Wikipedia「田山幸憲」、文春オンライン(関川夏央『人間晩年図巻』より)、同記事2ページ目
田山幸憲の『パチプロ日記』
田山幸憲さんの代表作『パチプロ日記』を紹介します。
田山幸憲の『パチプロ日記』とは?
『パチプロ日記』は、田山幸憲さんがパチンコを打った毎日を書きつづった日記形式の連載です。平成元年にあたる1989年から『パチンコ必勝ガイド』で連載されました。電子書籍版の紹介文では「日本全国のパチンカーたちに勇気と希望を与えてきた」「世界一有名なパチプロの世界一面白い日記」と案内されています。
書かれているのは、ホールで台を選び、玉を打ち、夜に酒を飲むという代わり映えしない一日の繰り返しです。台の描写の合間に人間の弱さへのまなざしがはさまり、私小説のように読めると評されています。田山さん自身は、パチンコで稼ぐことを「仕事」と呼ぶのは誤りで遊んでいるのだ、と書いていたようです。
単行本は白夜書房から全10巻が刊行されました。2016年からはガイドワークスが電子書籍版を配信しています。
連載が始まったきっかけは?(末井昭さんの依頼)
連載は、『パチンコ必勝ガイド』を立ち上げた編集者・末井昭さんの依頼で始まりました。1988年12月の創刊に向けた取材で田山さんに会った末井さんは、もう一度会いたくなって日記の執筆を頼んだそうです。
当初の依頼は「三ヶ月間の日記を通しで書いてほしい」というものだったと紹介されています。田山さんは渋々引き受けたものの、連載は3か月では終わりませんでした。雑誌が月2回刊になってからも、毎号欠かさず原稿を届けたとのことです。末井さんは『パチプロ日記』を「全く嘘のない等身大のパチプロの姿」と呼び、雑誌の精神的な支えだったと書いています。
パチプロ日記は無料で試し読みできる?
『パチプロ日記』の電子書籍版は、Kindleの無料サンプルで冒頭を試し読みできます。ガイドワークスが配信する電子書籍は「パチプロ日記I」から「パチプロ日記X」までの全10冊です。Amazonの商品ページには無料サンプルを送る機能があり、続きは1冊ずつ購入して読めます。
Reader Storeなど他の電子書籍ストアでも同じシリーズが配信されています。パチプロ日記I(Amazon)
参考:Reader Store「パチプロ日記I」、婦人公論.jp 末井昭さんの連載、文春オンライン「バクチ本に魅せられて」
田山幸憲の著書と漫画・映像作品
田山幸憲さんの『パチプロ日記』以外の著書と、漫画版・映像作品を紹介します。
田山幸憲の著書『パチプロけもの道』とは?
『パチプロけもの道』は、初期の著書2冊を1冊にまとめた田山幸憲さんの文庫です。三恵書房から出た『パチプロ告白記』(1986年)と『続・パチプロ告白記』(1987年)を再構成し、加筆したものと紹介されています。幻冬舎アウトロー文庫から2000年2月25日に発売されました。
幻冬舎の内容紹介は「東大中退のカリスマ・パチプロが語る、後悔と興奮に満ちた泣き笑いのチンジャラ物語」というものです。パチプロになるまでの道のりと、若い頃の暮らしぶりを知りたい人に向いた1冊です。パチプロけもの道 (幻冬舎アウトロー文庫)(Amazon)
パチプロ日記以外の著書は?(告白記・泡沫記など)
田山幸憲さんには『パチプロ告白記』のシリーズや『パチプロ泡沫記』などの著書があります。『パチプロ泡沫記』は1998年に白夜書房から出た本で、連載コラム「パチプロうたかた記」のミニエッセイを選んでまとめたものと紹介されています。2002年には、日記の傑作選『ベスト・オブ・パチプロ日記』上下巻も白夜書房から刊行されました。
講談社からは1996年11月に、田山さんが原作・著者としてクレジットされたコミック『パチンコの鉄人』と『最強平成パチンコ伝説 ザ・プロフェッショナル列伝 パチプロ田山幸憲の世界』が出ています。
田山幸憲のパチプロ日記の漫画版とは?
漫画版は、田山幸憲さんが原作を担当し、伊賀和洋さんが劇画、橋野健志郎さんが脚本を手がけた作品です。もとは『漫画パチンカー』に連載された「パチプロ日記before」で、東大を中退してパチプロの道を選んだ田山さんの姿を描いています。白夜書房から単行本『田山幸憲パチプロ日記 Before』が1996年10月に出始め、全3巻が刊行されました。
その後、小池書院からコンビニコミック版『田山幸憲パチプロ日記』全4巻が出ています。最終巻には描き下ろしの「after」が収められたようです。電子書籍では全8巻で配信され、2022年にはナンバーナインから4巻ずつをまとめた大合本も出ました。劇画で田山さんの歩みをたどりたい方にはこちらが入りやすいです。田山幸憲パチプロ日記 大合本1 1~4巻収録(Amazon)
パチプロ日記の映画はある?(1997年のオリジナルビデオ)
『パチプロ日記』は、1997年にオリジナルビデオ『田山幸憲のパチプロ日記』として映像化されています。劇場公開の映画ではなく、ビデオ向けに作られた79分のドラマ作品です。映画情報サイトallcinemaでは、監督は中田信一郎さんと記されています。
主演は斉木しげるさんで、きたろうさんも出演者に名前を連ねています。田山さん本人も出演しています。
参考:幻冬舎『パチプロけもの道』、Amazon『パチプロ泡沫記』商品ページ、Amazon『パチンコの鉄人』商品ページ、Reader Store「田山幸憲パチプロ日記(1)」、allcinema「田山幸憲のパチプロ日記」、Wikipedia「田山幸憲」
田山幸憲の文章と打ち方の特徴
田山幸憲さんの文章の言い回しと、好んで打った台を紹介します。
田山幸憲の口癖は?(シメシメルックなど)
田山幸憲さんの文章には「シメシメルック」「デキた!」「してやったり!」といった独特の口癖が出てきます。ほかにも「あにはからんや」「ケも無し」「目くるめく7・7・7」などの言い回しが読者に親しまれたと紹介されています。ハネモノでVゾーンに玉が入ることを「食い付く」と書くのも、田山さんならではの表現だったようです。
一方で、自分のことは「ただの怠け者」と呼び、ハマっている最中は「バカ者、バカ者」と自分をののしったと伝えられています。
晩年に好んだ台「ナナシー」とは?
「ナナシー」は、田山幸憲さんが晩年に好んで打っていた豊丸産業のパチンコ機です。通っていたホールでは、釘の状態やハウスルールが田山さんに合っていたと紹介されています。命日の7月4日が「ナナシー」とも読めるという偶然も、田山さんの紹介の中で語られています。
もともと田山さんが好んだのは、釘が読めれば勝負になると言われた賭博性の低いハネモノでした。1980年代以降に連荘を狙う台が主流になると、それに合わせて打つ台を変えざるを得なかったと紹介されています。池袋の店から始まり、溝の口や用賀などへ「ネグラ」を移しながら打ち続けた日々も、日記にそのまま残っています。
参考:Wikipedia「田山幸憲」、文春オンライン「バクチ本に魅せられて」、文春オンライン(関川夏央『人間晩年図巻』より)
田山幸憲が後進に残したもの
田山幸憲さんの作品が後に続く書き手や読者に与えた影響を紹介します。
パチスロライターにも読まれていた?(ガリぞうさん)
パチスロライターのガリぞうさんは、予備校生の頃に『パチプロ日記』を毎月読んでいたと話しています。ガリぞうさんは自身の連載で、田山さんを「元祖誌上プロ」と紹介しました。雑誌の中で実戦と日々の暮らしを書き続けるスタイルの先駆けとして、田山さんを位置づけている書き方です。
同じ文章では、田山さんの執筆歴を1976年から2001年までの25年間と数えています。誌上で実戦を書く今のライターにとっても、田山さんは原点のひとつになっているようです。
評伝でも取り上げられている?(人間晩年図巻)
田山幸憲さんの生涯は、作家・関川夏央さんの『人間晩年図巻 2000-03年』で取り上げられています。この本は2000年から2003年に亡くなった人たちの晩年を描いたシリーズで、文春オンラインに田山さんの章の抜粋が掲載されました。そこでは「東大中退という異色のキャリアの“ギャンブラー”として人気を博した」人物として紹介されています。
2024年には、文春オンラインの連載「バクチ本に魅せられて」の第1回でも『パチプロ日記』が取り上げられました。筆者のurbanseaさんは「現代の太宰治はパチンコ屋にいるのかもしれない」とたとえています。パチンコ雑誌の枠を越えて、読み物としての価値が語られ続けている作品です。
参考:ナナプレス(ガリぞうさんのコラム)、文春オンライン(関川夏央『人間晩年図巻』より)、文春オンライン「バクチ本に魅せられて」
田山幸憲さんと関わりのある演者
田山幸憲さんと共演している演者や、同じ媒体で活動している演者を紹介します。
- 伊藤真一:同じガイドワークス(必勝ガイド系)の演者。ガイド系の古参ライター
- 河原みのり:同じガイドワークス(必勝ガイド系)の演者。ガイド系の女性ライター
- ゲッツ板谷:同じガイドワークス(必勝ガイド系)の演者。2026年も公式媒体で連載
【まとめ】田山幸憲の『パチプロ日記』を今読むなら
田山幸憲さんは東京大学を中退してパチプロになり、1989年から『パチンコ必勝ガイド』で「パチプロ日記」を書き続けた人物です。日記は白夜書房から全10巻で刊行され、漫画版や1997年のオリジナルビデオにもなりました。初期の歩みは『パチプロけもの道』、劇画なら『田山幸憲パチプロ日記』で読めます。まずは電子書籍版『パチプロ日記I』(Amazon)の試し読みから、田山さんの文章に触れてみてください。

