当記事では、釘師ゆきちさんの経歴や「えびす会館」、連載と発信先を紹介します。パチプロとホール側の両方を経験したゆきちさんの文章には、釘や玉の動きからパチンコを見つめてきた人ならではの話が残されています。
釘師ゆきちとはどんな人?
| 活動名 | 釘師ゆきち |
|---|---|
| 読み | くぎしゆきち |
| 活動 | 元釘師・パチンココラム執筆 |
| 寄稿媒体 | 悠遊道 |
| パチンコを始めた時期 | 1989年夏 |
| 主な連載 | 『ガラスの向こう側へ』(完結) |
| ブログ | パチンコの世界へ♪♪♪☆ |
| X | @yukiti100000 |
釘師ゆきちさんの経歴と、パチンコを始めた頃の話を紹介します。
釘師ゆきちが寄稿した媒体は?(悠遊道)
釘師ゆきちさんが寄稿した媒体は、パチンコ・パチスロのコラムサイト「悠遊道」です。ライター陣紹介にプロフィールが掲載され、本人の記事一覧から連載や解説記事をたどれます。元釘師という肩書だけでなく、打ち手として台に向かった経験や、ホールで釘を扱った経験が文章の題材になっています。
悠遊道での代表的な仕事は、自身の歩みをつづった『ガラスの向こう側へ』です。釘師の仕事を知らない読者も、ホールの裏側で何を考え、誰から技術を学んだのかを物語に沿って読めます。掲載記事は本人の記事一覧から探せるので、まずは気になる題名を開いてみてください。
釘師ゆきちの経歴は?(パチプロから釘師へ)
釘師ゆきちさんは、パチプロを経て釘師になったと公式プロフィールで紹介されています。プロフィールにはパチンコ歴と専業歴が記され、2001年頃にパチプロを目指し、その後に釘師へ転身したという流れが載っています。連載を読むと、その間にホールの仕事にも携わり、打ち手から店を運営する側へ視点を広げていった様子が伝わります。
『ガラスの向こう側へ』では、釘調整に初めて挑んだときの失敗や、釘師として働く場所を求めた過程も書いています。釘師としての修業と並行して、スロット店の立て直しに関わった話も登場します。経歴を年表だけで追うより、当時どんな選択をしたかまで読めるのが連載の面白さです。歩みを詳しく知りたい方は、悠遊道の掲載記事を訪れてみてください。
パチンコを始めたのはいつ?(1989年夏)
釘師ゆきちさんがパチンコを始めたのは、1989年夏と公式プロフィールに記載されています。本人は興味本位でパチンコの世界に入ったと振り返っています。当時のホールについて連載では、手元のお金や遊べる時間に合わせて機種を選べる場所だったと書いています。
その記憶は、後に釘師を志す理由にもつながりました。高い技術を要する台も気軽に遊べる台も並び、いろいろな人が同じホールに集まる光景を、自分の手で作りたいと思ったそうです。パチンコを始めた時期とその後の考えは、連載『ガラスの向こう側へ』第16話であわせて読めます。
釘師を辞めた後に目指した仕事は?(料理人)
釘師ゆきちさんが釘師を辞めた後に目指した仕事は、料理人です。2019年の『ガラスの向こう側へ』最終回で、釘師としての活動を終え、料理の世界へ進みたいと本人が述べています。特定の料理の分野を決めるのではなく、おいしいものを作れる人を目指して店で学びたいという内容でした。
本人のブログ「パチンコの世界へ♪♪♪☆」のプロフィールにも、料理人を目指して転職した経緯が書かれています。ブログには飲食店で働き、料理を任されるようになった頃の文章も残されています。釘師の後にどんな仕事へ関心を向けたのかは、連載の結びとブログを続けて読むと分かります。
参考:悠遊道「ライター陣紹介」、悠遊道「釘師ゆきち」記事一覧、『ガラスの向こう側へ』第16話、『ガラスの向こう側へ』最終回、本人のブログ
釘師ゆきちのパチンコ活動
釘師ゆきちさんが釘師を志した理由と、好きだった台や「えびす会館」を紹介します。
釘師ゆきちが釘師を目指した理由は?
釘師ゆきちさんが釘師を目指したのは、かつて自分が親しんだようなパチンコ店を作りたかったからだと本人は書いています。1989年頃のホールには、少ない予算でも遊べる台と、大きな勝負ができる台の両方があったそうです。人それぞれの時間とお金に合わせてパチンコに関われる、その幅の広さを大切にしていたことが伝わります。
連載第16話では、勤めていた店の経営方針との違いに直面し、自分の進みたい方向を考える場面が描かれています。その末に、釘師を目指す気持ちを優先して店を離れたと振り返っています。釘の技術そのものへの関心に加え、客が楽しめるホールを作りたいという思いが、進路を決める理由になったようです。
釘師の仕事を誰から学んだ?(中馬さん)
釘師ゆきちさんは、中馬さんの下で釘師見習いとして働いたと連載で紹介しています。ゆきちさんは当初、釘師の南部さんに弟子入りを願い出ました。南部さんは弟子入りを受けなかったものの、昼は販売会社で働き、夜は釘師をしていた中馬さんを紹介したそうです。
連載第17話では、中馬さんから仕事の話を持ちかけられ、釘師へ進むために目の前の機会を生かそうとする姿が描かれています。さらに第20話では、中馬さんたちから昔のパチンコ台や釘の話を聞く場面もあります。作業を教わる関係だけにとどまらず、釘師が台とどう向き合ってきたかを聞ける相手だったようです。
好んで打っていた機種のタイプは?(一発台)
釘師ゆきちさんが好んで打っていた機種のタイプは、一発台です。悠遊道の『続 天下一閃』で、昔から一発台を好んで打っていたと本人が書いています。記事では『天下一閃』を実際に打った感想を、打ち手と釘師の両方の視点からつづっています。
久しぶりに打つと、玉の動きを追う楽しさに加え、お金を使う速さにも驚いたそうです。昔の一発台を知っている人と初めて触れる人では、同じ台への受け止め方も違うのではないかと考察しています。好きなタイプの台だからこそ、遊び手に楽しさをどう伝えるかまで考えている記事です。一発台への思いは、本人のコラムで読んでみてください。
釘師ゆきちのお店「えびす会館」とは?
「えびす会館」は、釘師ゆきちさんが大阪で運営した、昔のパチンコ台を楽しめる店です。悠遊道のライター・じゃじゃさんによる訪問記には、2009年に「パチンコの話を楽しくできるお店」を目指して開いた経緯が書かれています。店内には羽根物などの懐かしい台が並び、土曜の夜にはパチンコバーとしても営業していたそうです。
訪問記によると、飲料代を払うと古い台を遊べる形で、換金は行っていませんでした。ゆきちさんは並んだ台の釘にも手を入れ、訪れた人がパチンコを楽しめるようにしていたと紹介されています。台を打つだけでなく、同じ趣味を持つ人が集まって話せる場所だったことも、当日の様子から分かります。
えびす会館はすでに閉館しています。本人も2012年3月31日のブログに最終日の記事を残しました。現在訪問できる店として案内することはできませんが、当時の店内の様子やゆきちさんの思いは訪問記とブログからたどれます。
参考:『ガラスの向こう側へ』第16話、同第17話、同第20話、『続 天下一閃』、悠遊道「えびす会館」訪問記、本人のブログ「えびす会館最終日」
釘師ゆきちの連載と発信先
釘師ゆきちさんの連載、解説記事、ブログとXを紹介します。
釘師ゆきちの連載『ガラスの向こう側へ』とは?
『ガラスの向こう側へ』は、釘師ゆきちさんが自身のパチンコとの歩みを描いた、悠遊道の自伝的な連載です。ホールで働いた頃の出来事から釘師修業、スロット店での仕事まで、打ち手には見えにくい店の内側が本人の言葉で語られます。南部さんや中馬さんとの出会いも、物語の中で大きな位置を占めています。
連載は2019年4月掲載の最終回で完結しました。最終回では、釘師として活動を終える思いと、次に料理の仕事へ進みたいという考えを記しています。途中の出来事だけでなく、その後に本人がどう進もうとしたかまで読める結びです。連載を通して読みたい方は、悠遊道の本人記事一覧から各話を開けます。
釘調整の解説記事はどこで読める?(悠遊道)
釘師ゆきちさんの釘調整に関する解説記事は、悠遊道で読めます。たとえば『癖の良い台は何故存在するのか?』では、見た目の釘が似ていても台ごとに入賞率が違う理由を扱っています。本人が過去の調整記録を示し、釘の根元の間隔という細かな違いに注目した記事です。
記事中では、例に挙げた台の釘の根元に0.2ミリの差があったことを説明しています。盤面に使われた木材の性質や台ごとの個体差にも触れ、釘先だけを見て同じ状態だと考えることの難しさを伝えています。昔の台を扱った釘師が何を測り、何を見ていたのかが具体的に分かる一編です。連載とは違う解説の文章も、悠遊道で読んでみてください。
本人のブログ「パチンコの世界へ」はどこ?
釘師ゆきちさん本人のブログは、楽天ブログの「パチンコの世界へ♪♪♪☆」です。過去のパチンコ実戦やえびす会館の話に加え、釘師を辞めて料理を学び始めた後の文章も掲載されています。悠遊道の連載を読み終えた後に開くと、本人の発信がその先にも続いていることが分かります。
ブログの記事一覧には、古い記事から近年の投稿まで並んでいます。2025年には、閉館したえびす会館の思い出に触れる近況記事も投稿されました。連載で描かれた過去と、その後のゆきちさんの言葉をあわせて読みたい方には、本人のブログが発信先になります。
Xのアカウントは?(@yukiti100000)
釘師ゆきちさんがブログで案内しているXのアカウントは、@yukiti100000です。本人はブログの記事一覧で、日々のつぶやきの発信先としてこのアカウント名を記しています。「0は5個」と補足しているため、名前を入力して探す際は数字の数にも気を付けると見つけやすいでしょう。
ブログの更新を知りたいときも、本人のXが発信先の一つです。これまでの詳しい話は悠遊道の連載とブログにまとまっているので、まず記事を読み、続いてXを訪れると活動を追いやすくなります。本人の投稿はXのアカウントからご覧ください。
参考:『ガラスの向こう側へ』最終回、悠遊道「釘師ゆきち」記事一覧、『癖の良い台は何故存在するのか?』、本人のブログ、本人のブログ記事一覧、本人の近況記事
釘師ゆきちさんと関わりのある演者
釘師ゆきちさんと共演している演者や、同じ媒体で活動している演者を紹介します。
- 夾竹:同じ悠遊道の演者。パチンコの実戦や機種を題材に執筆
- アニマルかつみ:同じ悠遊道の演者。1992年から活動する古参
- 安田一彦:同じ悠遊道の演者。攻略系の長期連載
- ぽち。:同じ悠遊道の演者。パチンコ常連客の視点で執筆
【まとめ】釘師ゆきちの歩みと発信を追いかけよう
釘師ゆきちさんは、1989年夏にパチンコを始め、パチプロを経て釘師になったと紹介されています。かつて運営した「えびす会館」では、懐かしい台を囲んでパチンコを楽しめる場所を作りました。悠遊道の記事一覧には完結済みの『ガラスの向こう側へ』と釘調整の解説記事が残されています。その後の本人の言葉はブログやXから追えます。

